(英語小論文全文: http://www.ccifj.or.jp/news-japon/analyse/vue-detail/n/52164/french-strategy-and-japanese-strategy/)
弊社が会員になっている在日フランス商工会議所のホーメページにAnalyseというコラムがあり、そこに標記の主題で投稿したことがあります。5年間パリで、フランスのコンサルティング会社を経営し、フランス企業と日本企業に対するコンサルティングを行った視点から私見を述べました。
1835年、フランスはJuraの山奥で育った14歳の少年がパリに旅立ち、2年間かけて400kmを旅しながら技術を磨き、その後ナポレオン3世の妃の信頼を得てパリで旅行用トランクの専門店を開いたLouis Vuitton。それから120年後、若い世代は、ポーターを必要としない軽量の旅行鞄を購入するようになり、この事業は衰退し始めていました。1987年、シャンパーニュとブランデーを扱うMöet Hennessyとの統合を果たし、LVMHを形成しました。その後もLVMHは発展と成長を続ける訳ですが、それを牽引するLouis Vuittonの成功は、本物へのこだわり、絶対的価値の提供、伝説の継承によると考えられています。
翻って、日本では島野庄三郎が1921年、大阪の堺市に自転車用フリーホールを製造する会社を設立しています。1957年に3速ハブの製作や冷間鍛造の研究に着手し、1960年代にはそれをアメリカに輸出し始めました。アメリカの競合と、日本製品の粗悪なイメージと戦い続け、徐々に信頼を得て行きました。さらに、イタリアミラノの自転車展に出店したり、Tour de Franceに参戦するなどしてプレミアムマーケットでの名声を勝ち取り、今日では日本を代表する高収益メーカーとなりました。シマノの差別化は、Dura Aceや105に見られるような独自の統合型製品を通じたプロダクトイノベーション、徹底したエンドユーザー指向、人財重視の経営、この3つに集約されていると言われます。
この2社には重要な共通点があります。まず第1に、模造品との戦いに見られるように本物志向の追求でした。2つ目に、顧客の期待に応えること、さらにそれを超えることに専念し続けていること、そして3つ目に、強いブランドを支えるために、基礎研究、製品開発、生産、販売、アフターサービスなどの仕事の品質を高く保つために努力をし続けていることです。
一方で、フランスと日本のカルチャーの違いから来るとも思われる、アプローチの違いがあると私は考えます。一橋大学の延岡健太郎教授のモデル(SEDA Model)でそれを説明して見ます。Louis Vuittonもシマノも、当然それぞれ旅行用鞄、自転車部品の機能的価値の向上を最優先課題とし、ユーザーが抱える問題を解決することをまず考えました。そういう意味でSEDA Matrixでは左下を出発点としています。そして、両社とも高度なブランディング活動を通じて、自社の製品を顧客に持ってもらうことの意味を真剣に考え続けてきていますのでマトリックスの右方向にシフトしていくのですが、その過程で強調することが徐々に変わってきているように思われます。
それはつまり、解決すべき問題の定義が変わってきていると言えます。シマノが解決すべき問題は、趣味人に対してもプロ選手に対しても、如何にスムースに且つスピーディーにギアチェンジを行うか、自然な変速を実現するかであって、これは創業当時と比較してはるかに高度なレベルに達しているとは言え、基本的には同質の問題を扱っていると私は思います。しかし、Louis Vuittonが定義している問題は、百数十年前に旅行のために運んでいたものと今日運んでいるものとの違いとは全く別次元の、旅行をする人が求めている満足感や幸福感についてはるかに根元的な問いをすることによって発見し得る問題を扱い始めているのではないでしょうか。
我々なぜ旅行に行くのか、旅行に求めているものは何か、日常の世界はどういう世界で、どのような思いで旅行に出かけるのか。これは、その答えによっては解決策は鞄という「モノ」ではないかも知れず、喜び、夢、希望の実現に向けて自社に何ができるかということを問うことによって生み出すことのできる異次元の価値なのかも知れません。ここに、「ゲームを変える」フランス企業の戦略を見る気がするのです。